〜大切な人の手は右手で掴みたい~ 育児をして初めて共感できた言葉

娘が歩き始め、そして勢いよく走り回る時期を過ぎ、やっということを聞くようになってきた。
それでもまだ危なっかしいので、すぐにギューっと手を握り捕まえる。
その度に何度も何度も思い出してしまう言葉。

『大切な人の手は右手で掴みたい』

それは私の人生の既に半分以上前の事。
21歳の時に3か月位だけ付き合っていた彼氏の言葉。

世の中の男性は彼女と手を繋ぐときに、利き手で繋ぐのかそうでないのか…。
一体どちらが多いのかは私は知らない。
まあ、どっちでも良い…が本音。

正直、どちらの手で繋ぐ、というのは意識したことがなかった。
結婚するまでに他の男性とも付き合ったが、全く気にしなかった。
その彼だけ、一緒に歩くのに物凄く違和感を覚えた。

それが、彼の手が右手、私の手が左手だったということ。

その彼の前に付き合っていた人はかなり合理主義で、いざと言うときのために右手を開けておきたいタイプ。

時は20世紀末。1999年までもう少し。
その前彼は「何かあったら、余裕をもって助けられそうな時だけ助ける」といつも言っていた。

まあ、フタを開けてみれば、何もなかった大騒ぎの世紀末。

ずっと前彼と右手で繋いでいたので、とにかく歩きづらかった。
もう顔も声も大体ぼんやりしか思い出せない。

だけど『大切な人の手は右手で掴みたい』という言葉だけは、毎日呪縛のように思い出す。

右手で子供と手を繋げば思い出し、左手で繋げば違和感を感じまた思い出す。

でも、すごく共感する。
子供のどちら側を歩くかによって、握る手が変わる。
もし何かあったとしたら、絶対離さないようにできるのは聴き手だけだ。

たとえば事故に遭いそうになったら?
どこかから落ちそうになったら?
一緒に流されそうになってしまったら?

ただ感じるのは、その彼はきっと『大切な人を右手で繋いで守りたい』のではなく、『右手で掴んで逃したくない』だったんだな、ということ。

人生を一瞬でも一緒に生きた者として、今現在『右手でしっかり握らなくても、どこにも行ってしまわない人』と一緒にいることを願うばかりである。